初めまして、ヒューマンコム中国語教室の講師をしている陳琳と申します。
「中国語を勉強するきっかけは何でしょうか?」と日本人に尋ねると、様々な理由を耳にしますが、大きく分けると“歴史派”と“言語派”に分けられます。“歴史派”にとって、『赤壁(レッドクリフ)』をはじめ、『英雄(HERO)』、『十面埋伏(LOVERS)』など、歴史を背景とする映画は大好物です。言語派にとって、中国語の発音は音程差があり、まるで歌のような素敵な言語に感じられます。そのため、話題のサントリーウーロン茶のCMソングをはじめ、『Only One(世界に一つだけの花)』、『後来(未来へ)』など日本の大ヒット曲をカバーした歌は、彼らにとって、手放すことのできない良い教材になっています。要するに、興味や関心を養うことは、中国語を上達するための重要なポイントだと思われます。
今回のコラムでは、「吃醋」(読み:チーツー)という言葉の歴史的経緯について、紹介させていただきます。
中国の歴史において、恐妻家の数は数え切れないほどです。その中で、最も有名なのは、唐の太宗・李世民時代の大臣房玄龄(ぼうげんれい578年〜648年)です。ある表彰式で、房玄龄は酒の力に乗じて、妻など全然怖くないとほらを吹いてしまいました。
この話を聞いた李世民は房玄龄に二人の美人を賜りました。酔いの覚めた房玄龄は、聖旨を違背する(皇帝の命令を無視する)ことができず、二人の女性を連れて、家に戻りました。房玄龄の妻は聖旨を無視し、二人の女性を外に追い出しました。
李世民はこのことを知り、頭にきて、房玄龄夫妻を朝廷まで呼び出しました。李世民は房玄龄の妻に“毒入りのお酒”と“二人の美人“のどちらかを選びなさいと命じました。房玄龄は、妻は絶対にお酒を選ぶと判断し、李世民に頼み込んで勘弁してもらいました。
李世民は「あなたは宰相として、すでに聖旨を違背した。余計なことを言うな!」と叱責しました。房玄龄の妻は自分が歳を取ったために、容姿が衰えることを痛感しました。「もし二人の女性が房玄龄の妻になったら、自分が遅かれ早かれ聖旨を違背するでしょう。いじめられて死んでしまうより、毒入りのお酒を飲んだほうがマシでしょう。」と思い、全てのお酒を飲んでしまいました。
房玄龄は涙を流して泣き叫びました。一方、他の大臣たちは笑い始めました。というのは、それは毒入りのお酒ではなく、晋陽のお酢でした。その状況を見て、李世民は房玄龄の妻の性格がようやく分かりました。「房氏、あなたは嫉妬心が強すぎるので、朕がこのような極端な方法を取ったわけだ。でも、あなたが死んでも、夫を愛する気持ちは分かっているので、朕は命令を取り消す。」と言い下しました。
房玄龄の妻は「毒入りのお酒」を飲んで死ななかったかわりに、よい結果を収めたことは、想像もしていませんでした。房玄龄も安心したせいで泣くのをやめて、しまいには笑いはじめました。それから、「吃醋(お酢を飲む)」という言葉は、「やきもちをやく、嫉妬心が強い」の代名詞になりました。
「吃醋」はよく動詞として使われています。例えば、「他经常吃醋。(彼はよくやきもちをやく。)」、「和他以外的男人一起吃饭的话,他会吃醋的。(彼以外の男性と食事をすると、彼は嫉妬するでしょう。)」。
中国語は、このように奥深く由来のある言葉がたくさん存在しています。勉強すればするほど面白くなりますので、中国の文化、歴史に触れながら、中国語のレベルアップを目指しましょう。
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